マグログ

タイトルと内容は大きく異なります。

マグログ。タイトルと本文の内容は大きく異なります。

筑紫哲也さんの「若き友人たちへ」を読んだので、お返事を送ります。

筑紫哲也先生へ

筑紫哲也さん、はじめまして。会ったことも無いですが、先生という呼び方がすごくしっくりするので先生と馴れ馴れしいですが、呼ばせてもらいます。実は、先生のことを知ったのは、東日本大震災以降、自分が大学生になってからだったのです。テレビを見ることもなく、直接お会い出来なかったのは、すごく残念ですが、こうして「本」を読み、本を媒体に対話をしているような気持ちになります。

教養を深め、そのうえで書こうかと思ったのですが、気持ちはナマ物なので今の気持ちをここに書いて留めておこうかなと思った次第です。

先生は、将来の日本はかなり深刻であると憂いておられましたね。先生がお亡くなりになって今は、6年近くが経とうとしています。6年という年月は若者の私からするとすごく長い年月であるように思います。幼稚園児が中学生に、小学生が大学生になるとおもうと本当に長い年月です。

そんな6年の年月で、日本や世界中含め本当に様々なことが起きたんですよ。おっしゃっていたように、深刻になってします。先生には是非生きていて欲しかったな。ジャーナリストとして社会に問いかけ、意見をぶつけあう姿を見たかったです。

日本社会について

たくさんありました。日本社会で一番の事件は、2011年3月11日の東日本大震災です。僕自身も、当時の被災者であったこともあり記憶に焼き付いています。そして、震災の時、同時に起きた福島原発事故。2万人という多くの死者が出て、原発によって避難する20万人の人が今もなお心や体を痛めています。この痛みは50年、100年という単位で解決される問題ではないと思います。

震災以降も、フィリピンのレイテ島に直撃した超大型台風、広島での土砂災害も起こりました。他にも数えきれない程の災害が日本、世界中に起きています。災害が起こると分かっていても、予期できない災害が起こるのが当たり前の世の中になっています。

災害への恐怖とともに、震災は政治や社会の影をより濃く見えるようにしました。先生が亡くなって一年後、政権は自民党から民主党に変わりました。政治への無関心、当時の自分はそれが強くありました。自分が接することのあった政治という場面は非常に下らなく、自分が生きていく中には全然意味のないものだと思っていたからです。それならば、自分が楽しくなるアニメやドラマを見ていたほうがよっぽど有意義であったと思えたからです。そんな政治でしたが、その震災によって私は政治に強く関心を持つようになりました。やはり自分の生活の中に政治というものが存在していたと肌で感じたからです。

生きていくうえで大変なとき、水を届けてくれたり、危機に瀕している人には自衛隊が出動する。これらの大きな意思決定を行なっているのが政治や行政の役割である感じ、「官」は非常に尊い役割であるのだと強く感じました。

非常に尊い役割であるからこそ、失望や疑問に思う意思決定をなされるとすごく不満を感じるようにもなりました。いい意味でも悪い意味でも大人になったのかもしれませんね。

なかなか政治を批判するのは好きではありませんが、当時の民主党は高校生の自分から見ても、頭がオカシイと思うことばかりでした。特に震災当時の対応をしていた管直人元首相は、原発の対応、国際的な対応に関してすべて疑問符をつけざるを得ませんでした。鳩山政権と菅政権は、日本史上最悪の政治だったと感じました。国を背負うモラルの無い人間、トップとして責任を辞任というカタチだけで行う彼らのような政治家を産んでしまう日本という社会の仕組みにも不満をもっていった時期が有りました。今は、官と民は違うものであるとわかったうえで、考えなければならないと思えるようになりました。

その後、野田総理が政治を行うも、いわゆる黒子役の人だったことも有り、全政権の失態も多くあったことから、自民党にまた政権が変わりました。総理は、安倍晋三になりました。二回目ですね。以前のように「美しい国」とは言わず、日本の経済を活性化させようと外交を多く行なってます。安倍とエコノミクスを掛けて、アベノミクスと一時期は話題になったんですよ。シンボルとして対外的に総理としての品格はかなり印象は良いです。ただ自民党は、評価が難しいですね。メリットもたくさんあったと思いますが、その分将来的なデメリットも多く内包しています。

日本の政治は、また新しい混沌としたものになると思います。一つは、原発再稼働の問題。もうひとつは、憲法第九条改憲の問題です。

原発再稼働の問題は、フクシマの問題が起きてから、より強く出ているように思います。チェルノブイリ事故に匹敵するフクシマの事故は、世界的に見ても衝撃な出来事で、ヨーロッパ各地では反原発の動きが高まり、フランスやドイツは原発を停止しました。にもかかわらず、日本では九州の川内原発の再稼働が行わようとしています。効率のいいエネルギーとは言ったものの、リスクを考えれば決して再稼働をしようとは思わないと私は思っていたのですが。情けない話で深く勉強できていないので、意見を提言するには至りません。ですが、事実として原発で故郷を失う人を世界で二度も起こりました。ならば、三度目は故郷を失ってしまう人を人間の生み出した兵器で起こしてはいけないと思うのです。

 

憲法九条の問題はブッシュ政権時のPKOについても度々議論に出されました。そして今、また中東でテロの問題が起こっており、ウクライナでもクリミアの独立戦争にロシアが介入するという事態が起きています。これに、アメリカを中心とした国際機関は軍事による平和解決をしようとしています。歴史は繰り返すと言いますが、またこんなに短いスパンでやろうとするのは、怒りよりも悲しみがこみ上げてきます。

他人事のようですが、日本にも危機が直面しています。東アジアにおいて、最も恐怖なのが北朝鮮の問題です。北朝鮮はミサイルを威嚇として何度も日本海や太平洋に撃ってきています。北朝鮮は、ベトナム戦争や過去に起きてきた負の遺産が今もなお続いている国です。和平的解決が現段階では難しい今、戦争をせずにどういった解決をしていくべきなのか、われわれ世代は真剣に考えなければならないです。

自分は、まず歴史を学び、今の社会を見通す癖を付けていこうと思います。先生に伝えるためにまた改めて別の機会に考え書きたいと思います。

IT・ソーシャルメディアの発達

ちょうど2009年から、スマートフォンという携帯電話とパソコンの機能が一体化した電話が生まれてきました。これの出現で、大きく社会が変わりました。先生が今電車に乗ったらびっくりすると思いますよ。若い人、ビジネスマンのほとんどがスマートフォンをいじってます。ニュースも見やすくなったり、ゲームも充実しているため生活においてスマートフォンのウエイトがかなり大きくなってきました。僕自身、スマホがないと困りますし、電波がつながらないとイライラします。

このスマートフォンによって、一つのあたらしいコミュニケーションが生まれました。ソーシャルネットワークサービス、SNSと呼ばれるものです。これは、今までテレビと視聴者、政治家と民衆、一人と大人数という関係だったものが、友達や知り合いという関係が網目状になってつながっていく関係のことです。

この仕組みが生まれたことにより、様々なことが起こりました。一つは、ジャスミン革命です。アフリカのチュニジアで起こった民主化運動のことです。これの発端となったのは、ツイッターというSNSであるということです。いままで、独裁政権であった国は、情報が抑制されていることがあったがSNSによって個人、個人の意見を拾いやすくなり、その共通の考えに民衆は集まり、民主化運動に至りました。

日本でも、このSNSが震災の際に、コミュニケーションの一つとして使われ今ではこのSNSを利用している人のほうが少ないとされています。

このITやネットワークサービスは本当にこの5年間でさらに加速しています。この便利な世の中ですが、早すぎるが故に自分を見失ってしまうことが多くなってしまいがちな世の中にもなっているような気がします。もっとうまく伝えたいですがなかなかニュアンスの部分なので伝えきれないですね。

この個人の意見が強まった今だからこそ、ジャーナリストとしての筑紫哲也の声を聞きたかったと本気で思ってます。

 

手紙を書くというのは、なかなかむずかしいものです。見苦しい内容でした。また、今度も同じようにワガママでは有りますが書かせてくださいね。よろしくお願いします。

 

平成二十六年 長月十九夜

とある大学生より