マグログ

タイトルと内容は大きく異なります。

マグログ。タイトルと本文の内容は大きく異なります。

天才的デマゴーグ、アドルフ・ヒトラーは、なぜ人を惹きつけたのか?

 

概要

ヒトラーの弁舌の上手さは、才能の上に努力として積み上げられたものだった。

・演説には演説のコツがあって、演説家はそれを理解したスピーチをしなければならない。

・せっかくだから、日常に活かして見ましょうよ。

 

はじめに

 どんなに勉強のしたことのない人でも、ヒトラーという名前は一回は聞いたことがあるはずだ。20世紀最大の戦争となった第二次世界大戦の引き金となった男、ナチス党のリーダーであり、当時のドイツの独裁者として、カンボジアポル・ポトに並ぶ残虐性をもった男だ。アンネの日記は、この男によるユダヤ人迫害によるものだ。

 

 こんな風に書く私だが、高校の頃は、ほとんど世界史を勉強していない。一年時まで、世界史を学んではいたが、それもナポレオンとか、雷帝イヴァン4世辺りまでしか学んでいない。だから、近現代史についてはさっぱり学んでいない。「The ゆとり」な私だが、そんな自分でも名前を聞いた事があるのだ。まあ、この機会に勉強するのも良いかと思い読んだのが、こちら。

 

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

 

 

 特に私が惹きつけたのは、「演説」という部分だ。ヒトラーの演説は、衝撃的である。こちらの動画を見ていただきたい。


Eine Rede von Adolf Hitler (アドルフ・ヒトラー氏の演説) - YouTube

 

 私は、これまでヒトラーを支持する当時のドイツ国民は、愚かであると思っていた。しかし、この演説を見て、考えを改めた。人が絶望の淵に立っているなか、自分が何とかしなければならないと湧き上がらせるような気持ちにさせられるのではないだろうかと。ここまで人を惹きつける演説をしていた政治家は、ケネディリンカーン位だと思う。

 

 ヒトラーが台頭してきたのは、第一次世界大戦が終わり、ドイツに経済制裁が行われた時期と重なる。この時期のドイツ国民は、パンひとつ買うことさえ出来ない、冷たい冬の時代を過ごしていた。そう、私は感覚的ではあるが、この当時のドイツを以前の日本と重ねているのだ。具体的話そう。

 

 バブル経済が弾け阪神淡路大震災が起きた1990年前半。就職ランキングでも上位に入ってたような山一證券北海道拓殖銀行の倒産、不動産バブルの崩壊で、多くの人が希望を見失っていた時代だった。その時、社会に大きな衝撃を与えたのが、オウム真理教だった。

 

 オウム真理教は、希望のない時代を生きる若者にとって、希望そのものだった。多くの若者が、オウム真理教の信者となり、中にはエリートと呼ばれる人も信者になった。彼らは、狂信的な信者が多くいた。彼らの行動は、一介の宗教にとどまらないテレビ番組の出演、選挙活動などをしていた。そして、世間を震撼させる事件を起こした。地下鉄サリン事件である。この事件は、日本の戦争以後の最悪の事件として、後世に残っていくでしょう。地下鉄という日常生活に溶け込んでいる場所に、突然起こる悲劇。もしかしたら、自分もあの電車に乗っていて、事件に巻き込まれたかもしれない。もし、混雑を避けるために、電車を乗らなかったとしたら…そういった、リアルな怖さがあの事件にはあった。

 

 私は、地下鉄サリン事件と似たような事件がまた起きてしまうのではないかと、危惧している。2008年に起こったリーマン・ショック、2011年に起きた東日本大震災原発事故である。世界的な大不況となったリーマン・ショックは、日本だけではなく世界に大きな影響を与えた。そして、東日本大震災。世界史上第三位となるマグニチュード9.0を記録し、東北の太平洋沖には、場所によっては20メートルの津波が押し寄せた。原発事故は、報道されないだけで、常にリスクが付きまとっている。

 


Japan Earthquake: Helicopter aerial view video of ...

 

 絶望のなか、必至にもがいて生きていかなければならない。震災から、三年半が過ぎようとしているが、未だ希望が見えてない人がいる。彼らに希望を与える日はいつになるのだろうか?

 

 また、昨今、黒田総裁による二度目の異次元の緩和を行なった。とても、素晴らしい手腕である。しかし、経済はアンコントローラブルである。私たちの消費が上向かなければ、途端に紙幣としての価値を失う可能性もあるし、また別の拍子で駄目になるかもしれない。

 

 つまり、私が伝えたいことは、歴史は繰り返される可能性があるということだ。人間は歴史を繰り返してしまう生き物だからこそ、歴史をちゃんと学ばなければならない。前置きで、ずいぶん長くなってしまったが、ここからは、ヒトラーの演説を引き合いに出しながら、書いていけたらと思う。

 

※相当長くなるので、時間の無い方は、ポイントを掻い摘んで読んでいただけたらと思う。ポイントは、太字か、字の色に変えている。

 

アドルフ・ヒトラーの演説

  さっそく長くなるのだが、ぜひ下のヒトラーの首相演説を読んでいただきたい。私自身、これまで持っていたヒトラーに対する考えを改めた瞬間となった演説だ。 

 

 ドイツの民族同胞諸君!

 本年1月30日、国民結集の新しい政権が樹立された。私と、私の国家社会主義運動がこの政権に参加している。今や前提条件は達成されたと私は思う。この前提条件を勝ち取る事が今までの歳月の目的であったのだ。 

 我々は決して虚言を弄したり、誤魔化したりはしない!従って私は、いかなる時も我が国民に対して、妥協したり口先だけの甘言を呈したりすることを拒否するものである。

 私は、我が民族の復活がおのずから達成されるとは諸君らに約束するつもりはない。我々が行動するのである、そう民族自身が手を取り合って行動しなければならないのだ。

-そうだ!そうだ!

 自由や幸福や生活が突然空から降ってくると思ってはならない。全ては我々自身の意志と行動にかかっているのである。 

 他所の助けを待ってはならない。我が国家、我が民族以外からの助けを頼んではならない!我々自身のうちに、ドイツ民族の将来は存するのである。 

 我々自身がドイツ民族を、その固有の労働、勤勉、決然さ、不屈さ、頑強さによって繁栄させるのだ。そうして始めて、我々はかの祖先と同じ高みへと再び登りつめることができよう。かつて祖先もドイツを無為に手に入れたのではなく、己の力で築き上げたに違いないのだから。

 ドイツ国民よ、我々に4年の歳月を与えよ。しかるのちに我々を判断せよ!ドイツ国民よ、我々に4年の歳月を与えよ。私は誓おう。この職に就いた時と同じようにこれからも私は進むという事を。私は給与や賃金の為に行動するのではない、ただただ諸君らの為にのみ行動するのだ!

 

  もちろん、文章だけではない。ヒトラーの話し方、身振りや手振りがあるから人は熱狂的になったのかもしれない。しかし、私はヒトラーにネガティブなイメージを持っていたが、その感覚を覆された。その演説の秘訣について、このブログではフォーカスしたいと思う。

 

演説の秘訣

 やはり、ヒトラーは昔から弁舌の才に溢れていた。その演説は聴衆を巻き込み、嵐のような拍手を沸き起こした。古き良きドイツの強さと今のドイツの弱さを対比しながら、話していく。なかでも、ブレスト・リトフスク条約ベルサイユ条約の関係を対比させた演説は絶大な評判を得た。この対比演説は、明確で分かりやすいのだ。「敵」を作ることで、味方を際立たせる。ディベートにおいても同様であるが、アンチテーゼがあるからこそ、テーゼは成り立つのである。


勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」【前編】|エレファント速報:SSまとめブログ

 

 魔王(アンチテーゼ)がいなければ、勇者(テーゼ)は、要らなくなってしまう話。世の中には、こういった対比関係で溢れているのだと思う。

 

周りの環境

 加えて、ヒトラーの活動をしていたミュウヘンという土地柄も非常にウケた。大げさを好み、ビールを愛するミュンヘンの人々は、ヒトラーという見世物を見たいがために、最初は参加していたらしい。

 

 作家のツックマイアーは、ヒトラーの集会に参加した感想を以下のように述べた。

 

「この時期、私はヒトラービアホール集会に何度か参加した。私のような者からすると、その男は劇場に身を任せ踊り狂い、唸るように叫ぶ男であった。しかし、彼は、葉巻の霞とソーセージのなかで無感覚にぼんやりと集まっている大衆を興奮させ、感激させる術を心得ていた。扇動演説では、論理的な説明で大衆を支配することなど出来ない。だから、ヒトラーは人目を引く登場の仕方をしたり、俗物の大きなうなり声と金切り声で大衆を魅了した。とりわけ、聴衆の感覚を麻痺させる繰り返しという金槌をうまく叩いて、伝えたい内容をリズムよく言葉にするのである。それは野蛮で原始的ではあるが、洗練された巧みなもので、恐ろしいほど効果があった。

 

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核心部分を絞り、繰り返すということ

 「大衆の受容能力は非常に限定的で理解力は小さく、その分忘却力は大きい」。大衆は「頭の回転が遅いために、一つのことについて知識を持とうとする気になるまで、常に一定時間を要する」。したがって、「最も単純な概念を1000回繰り返すことではじめて、大衆はその概念を理解することができる」。多くを理解することが出来ない大衆の心に入り込むためには、「ごくわずかなポイントに絞り、そのポイントをスローガンのように利用する。その言葉を聞けばだれでもその言葉が指す内容が思い浮かべるようにならなければならない」

 

 この「ポイントを絞り、何度も繰り返す」と言うのは非常に有効である。例えば、オバマの選挙スピーチでは、何度も「Change」と繰り返された。リンカーンは、「People」のように。

 あわせて、ヒトラーは石鹸を売りたいなら、「石鹸」を強調すべきであるとした。良いとか悪いとか、そんなのは正直どうでもいい。「石鹸」というポイント繰り返すことが大衆の心を惹きつけるのだと。

 

 これを別の場面で考えてみよう。気になる女の子がいるとする。その際、その女の子に知ってもらいたいポイントとは何だろうか?それは、「好き」と「その子の名前」である。何でもいい、その子のスマホのカバーとか、靴とか、彼女に関係するものや一緒に見ている物、全てに対して「好き」だと伝えよう。その子の名前も、ごく自然に呼んだり、会話に混ぜてみよう。きっと、その子は、君にぞっこんなはずだろう。モテる男は、これを自然に出来てしまうものだ。君の周りにいるモテモテ君を観察したら、同じような結果が出てくるはずだ。

 

演説とは聴衆がいるから成り立つもの

 新聞や論文と違い、演説は聴衆が目の前にいる。彼らの存在なしに演説をすることは出来ないのだ。ヒトラーは、演説家とは「聴衆に語りかける」ことが重要であると認識している。聴衆の表情や反応を見ながら、講演の内容を絶えず修正していくことが必要であり、演説家なら可能なことである。

 「聴衆の中で最も頭の悪いものが取り残されないように、ゆっくりと丁寧に演説を心がけるべきである。」納得していない時は、様々な具体例を挙げて説明し、ありうる異論を引き合いに出しながら演説することで、人を惹きつけた。先に疑問を消しておくことをレトリックでは、先取り法といい、有効な方法である。

 これは、教育の場面で心掛けなければならないだろう。僕が受けてきた先生の中には、我々学生の顔を見ながら授業をするものもいれば、黒板やパソコンに授業をする先生もいた。特に、小学生や中学生のこどもに対し授業をするためには、ポイントを繰り返す。いろんな話を引き合いに出すなど工夫が必要なのは明らかだ。

 

最後に

 この本、実はもっと情報が多く詰まっていた。歴史背景と出来事、そしてその時々でヒトラーはどんな演説を行なっていたのかについてだ。そういったことに関しては、本著をぜひ手にとっていただけたらと思う。ただ、私たちの生活において、人の前に立って話す機会、その場にいることは割りと多い気がする。プレゼンしかり、挨拶しかり、そして、、選挙しかりだ。

 今度、選挙があるが、ぜひ立候補者の言葉回しに注目したら面白いかもしれない。

 

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