マグログ

タイトルと内容は大きく異なります。

マグログ。タイトルと本文の内容は大きく異なります。

本屋さんは、どうなる?

最近、ジュンク堂丸善に買収されるという本屋業界のビックニュースがあった。業界再編だ。

神戸新聞NEXT|経済|丸善、ジュンク堂を吸収合併 「丸善ジュンク堂」に

また、新聞の売上がここ数年で急低下しており、特に朝日新聞は230万部の減少とのことだ。

新聞部数「前年比減少幅、過去最大」 朝夕刊セット100万部減 | GoHoo

この2つの事実から考えられることはなんだろうか。

 1つに、私たちの余暇時間の使い方が劇的に変わっている。今、私はこのブログをスマホから書いているが、このスマホ、インターネットアクセスが容易に出来る時代になったのは、大きな理由だろう。若者は、パズドラやモンストといった感覚方ゲームに時間を使い、ビジネスマンもスマホでニュースを読む時代となった。私の使っているNPもビジネスマンには非常に効果的なツールだ。こういったスマホアプリに多くの余暇時間が取られ、結果新聞や本屋に立ち寄ることもなくなったのかもしれない。
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 ふたつめに、Amazonが大衆に受け入れられてきたことにある。以前は、入手困難な本やDVDを購入するに留まっていた。だが、今では欲しいものは全て、Amazonで購入し、さらに生活用品でさえもAmazonに依存するようになった。私は、この依存性が問題であると思う。私たちは、Amazonに依存しなくても生活できるし、欲しい娯楽も手にすることの出来るはずだ。でも、実際には利用しない。なぜなら、Amazonは、便利だから。
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 この利便性の追求は、資本主義の王道だろう。生活が豊かになるため、自分たちの時間を確保するため、人々は利便性を追求してきた。元来、時間を生み出してきたのは、その生み出した時間を有意義に使うためだったと思う。戦後、主婦が炊飯器や洗濯機を使って家事をするようになったのは、一日を有意義に使うためだった。そして今、わたし達はこの余暇時間の使い方を試されている。



 私は、本屋が失くなってしまうことが本当に悲しい。私は、本屋が無くなることは、生活の豊かさの消失に繋がっていると考えている。

 まず、これを読む皆さんは月に何回、本屋に行くだろうか?本屋は、セレンディピティの宝庫だ。自分の関心の外の世界を見せてくれるし、そこから新しい思考が生まれてくることもある。そして、何気なく立ち寄った本に人生を変えられることがある。司馬遼太郎の竜馬が行くは、私の気持ちをすごく盛り上げてくれたし、今でも読んでいる。

竜馬がゆく(一)

竜馬がゆく(一)

 Amazonのようなネット通販では、この偶然性に期待することが出来ない。今までの購買データから消費者が興味を示す本を表示して、それを購買させるように誘導させていく。これは、消費者にとっても、販売者にとっても素晴らしいビジネスモデルだともいえる。しかし、だらだらと本棚を見て回り、手にとって買うかどうか悩む時間が楽しかったりするのだ。買って満足した本も数知れず。。。その中でも、良い本に巡り会えた時、すごく嬉しいしテンションが上がる。こういった感覚でしか捉えられない価値が本屋にはあるし、廃れることがあっても決して無くなることはないと思う。

 まあ、もっと本屋は、コミュニティーを活かしたイベントとか、様々なコラボレーション出来る余地があるよ。サイン会とかしか、イベントを行わないし、リアルなコミュニケーションができる強みを全然活かしきれてない。本屋業界に戦略なんか無いでしょと思う人がいるかもしれないけど、そんなことでは、電子書籍の便利さに負けてしまうし、もっと苦境に負けず頑張ってほしいなって思います。