マグログ

タイトルと内容は大きく異なります。

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【熱い】ベストセラー「海賊とよばれた男」のモデル、出光佐三は何時の時代でも輝ける男だと思う。

 

まじで熱いっす。

2013年の本屋大賞を受賞したことでも有名な「海賊とよばれた男」は、確かにこれから働こうとする人、働いてる人にとっては、たまらない小説だと思います。

なんで、2015年の2月にこのブログを書いたかというと、文庫版が出たからなんですね。文庫は、持ちやすく読みやすいので、とても重宝します。空き時間見つけて、ぜひ読んでほしいな。 

海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)

海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)

 
海賊とよばれた男(下) (講談社文庫)

海賊とよばれた男(下) (講談社文庫)

 

 

 さてさて、この小説の主人公、国岡鐵造は、実際にいた人をモデルにしています。


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 その男こそ、「出光佐三」その人である。今回は、出光佐三の名言 厳選集より名言から自分の心に響いたものをつらつら書いていこうかなと思います。ネタバレも含むので、読む予定だった人は、読まないほうがいいかもしれないです。

 

 

君たち、店員(従業員)を何と思っておるのか。店員と会社はひとつだ。家計が苦しいからと、家族を追い出すようなことができるか!

 戦中、国岡商店は油の卸売業を中国や東南アジアとした地域を中心に行なっていた。国岡は、戦争に対し否定的な考えを持っていたが、日本が戦争をするとなれば、この戦は勝たなければならないというナショナリズムの考えが強い持ち主であった。後述するが、国岡は、自分の商売の事以上に日本の未来を案じていた。彼の商売は、日本の繁栄を実現するため、日本国民が幸せになってもらうためのものだった。

 

 戦中、商売の中心を東南アジアや中国といった戦地のど真ん中で行なっていたのは、国の要請と戦争に勝ってほしい願いからであった。日本は、太平洋戦争において国を挙げた総力戦を繰り広げた。

 

 だが、アメリカの猛攻撃、日本の資源不足(特に、石油不足が深刻。戦後もこの石油は国岡にさらなる試練を与える)によって、戦争に敗れた。1945年8月14日、日本は、ポツダム宣言を受諾。日本は、全てを失った。

 

 そして、国岡商店も例外ではなかった。戦時中は、日本に油の需要がないため、国内の資本は全て海外へ投入していた。しかし、敗れた日本への扱いは苦しいものとなり、その領土は戦前の時より小さくなった。そこに残されたのは、1000人近い社員と戦火を逃れた本社だけだった。経営的に見れば、リストラはやむなしだった。

 

 経営陣がリストラ推進だったが、国岡一人は、リストラに反対であり、その時経営陣に放った言葉がこれだった。

君たち、店員(従業員)を何と思っておるのか。店員と会社はひとつだ。家計が苦しいからと、家族を追い出すようなことができるか!

 

 普通、言えないですよ。この規模の社員数で今まで本業としていた商売が出来ないなか、リストラクチュアリングしないことは、会社としてみれば自殺行為です。なぜなら、会計上は赤字しか増えていかないから。それでも、国岡が社員を大事にしたのは、本当の家族のように思っていたということであり、社員こそ宝、社員に対して絶大な信頼を寄せていたにほかならないからです。

 

 この戦後から、国岡商店が石油業界で一人戦い続けられるようになったのは、その社員たちのおかげなんですが、戦後間もない中で、私たちは同じような決断ができるでしょうか。この出来事で国岡の胆力の強さを感じましたし、心を揺さぶられました。

 

独立不羈(どくりつふき)の精神の根本は、人間尊重であり、自己尊重であり、他人尊重である。

 独立不羈という言葉は、他から縛られることなく、自分の考えを持って動くことである。国岡はまさにこの言葉のような男だった。人間尊重の部分については、前述の社員を家族のように考えていたことから分かるだろう。

 

 自己尊重について、このパートを書こう。自己尊重と言っても自分の正しいと思った道を信じて疑わないことである。

 

 戦前から、国岡商店の営業力を、世界の名だたる石油カルテルは、畏怖していた。太平洋戦争が始まる少し前、国岡商店は中国の上海で商売を行っていた。当時、上海はアヘン戦争やら日清戦争で国際的に弱い立場にあり、イギリス、アメリカ、オランダのような外国資本に支配されていた。それは、まさに帝国主義によって荒らされた土地となっていた。

 

 そんな中、日本が中国へ戦争を仕掛けるにあたって国岡商店もまた上海で油商売を行おうとした。その前に、石油メジャーは満州鉄道の潤滑油採択において国岡商店に敗れるという屈辱を受けていた。石油メジャーとしては、二度も国岡商店に敗れるわけにはいかなかった。徹底的に叩きのめそうとした石油メジャーであったが、またもや国岡商店にやられてしまった。市場を転々としたゲリラ戦や、コスト度外視の徹底した顧客主義に石油メジャーは面食らった。

 

国岡商店、ここにありと世界に示した瞬間だった。

 

話は、戦後に移る。

 

 戦後、国岡商店は多くの苦難を乗り越えて、なんとか石油ビジネスが行える土俵にまであがった。だが、すぐに国岡商店は土俵際に追いやられることになる。戦後の日本の石油業界に外国資本が入ってきたからだ。

 

→Seven Sisters

 第2次世界大戦から、1970年代まで、このセブンシスターズを呼ばれる7社が石油をほぼ独占していた。ギリシャ神話に出てくる存在に例えられるほど、彼らの存在は強大であった。現代の社会において、このような会社は二度と出てこないだろう。彼らは、ワンピースでいうところの王下七武海と呼ばれる存在であり、将棋会でいうところの全盛期の羽生善治のような存在だったからだ。彼らが遂に日本に襲来した。

 

 日本の石油会社は為す術がなかった。油田を持っていない日本は、セブンシスターズに石油を頼るしかなく、資本提携せざるを得なかった。さらに、ネゴシエートにおいて一枚も二枚も上手であるセブンシスターズは、資本提携とは名ばかりで、ほとんどセブンシスターズの子会社状態だった。

 

 しかし、国岡商店だけは、断固拒否した。そこには、国岡鐵造の哲学が存在したからだった。。

日本という国が本当の意味で復興するために、日本人が誇りを持って生きていくためにも、私たち国岡商店が外国資本に溢れた石油業界で結果を出すことによって、彼らに希望と勇気を与えることができるはずだ。

こんなことが書いてあったと思います。思い出しながら書いてるので、しっかりとは覚えてないのですが。。。。国岡鐵造は、この自分の哲学を何より信じていた。他人尊重を考え、その哲学を信じる自分を尊重する。まさに、独立不羈である。

 

 国岡商店は、結果、イランの油田から信じられない方法で油を入手し、セブンシスターズの度肝を抜いた。この国岡商店の行動が、長年縛られていた石油業界の自由化への大きな一歩となったのは間違いなかった。

 

 

学校を卒業して商売人になろうとした卒業間際に、内池廉吉博士がこう言われた。「これから商人というものはなくなる」と。私はこれから商人になろうとしているのに、これには驚かされた。また、「ただし、ひとつだけ残るだろう。それは生産が非常に複雑になり、消費者も無論複雑になる。この複雑な生産者と消費者の間に介在して、双方の利益を図る配給者としての商人がひとつ残る。これは学理である」と。

 

 最後に、国岡のビジネスの根本と現代のビジネスについて考えてみよう。国岡は、親が自営業を行なっていたためか、学生時代から商人を志していた。この内池の話には驚いたが、国岡の中では妙にストンと自分の中に落ちた。

 

  当時、石油だけではなく砂糖、塩など輸入品に関して中間摂取が過剰に行われていた。消費者と企業がフェアではない時代をこの目で来たためであった。

 

 つまり国岡が究極的に求めたのは、「生産者から何も介さず消費者へ」であった。小売や、卸売というプロセスは、確かに多くの人々に提供するために、必要なことである。しかし、このプロセスは、市場が独占される場合、価格を自由に設定できるため消費者にとって不利益が生じてしまう。

 

 国岡は、常に消費者第一であった。これの詳細については今回は省略したいと思う。実際に本を読むことで分かるかと思います。

 

 さて、このビジネスモデル。現代においても通じているのが分かります。

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セブン&アイHD

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アリババ

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Amazon

 

 

 

 これらの企業に共通していることは、流通を大きく支配している企業であるということである。広域かつ安価であるという市場原則に則ってビジネスをしています。国岡もまた、同様の考えを持つ男で、それがたまたま石油という商売であった。

 

 もし、国岡が現代にいたらこの自由経済における流通をさらにおもしろくしたのかもしれない。

 

 

あとがき

 この国岡のモデルとなった男、出光佐三は非常に義に熱いサムライのような男だなと感じました。読んでいくと分かりますが、現代では信じられないような融資を結構受けてます。赤字でも自分の資産を削ってまで経営していくその姿は、男らしく感じました。義に生きるというのは、大変むずかしいことではあるけれど自分もふとした時考えてみようと思います。

 

 個人的に、出光佐三の写真をみてガンジーに似ているなと思ったのは私だけでしょうか。鼻立ちがしっかりしてて、メガネが似ているからそう感じただけかもしれませんね。

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今度近いうち、出光佐三が書いた「マルクスが日本に生まれていたら」も読んでみようかなと思います。非常に面白かったです。みなさんもぜひ。